学力テスト

いわゆる「全国一斉」型の学力テストが行われまして、これは43年ぶりのことだったそうです。行政や教育現場の様々な努力は買いたいと思うけれども、新聞に載った問題を見て、手を品を変え色々なことをやろうとしているようにみえるけれども、これでは相も変わらず、教育を巡って求められている「生きる力」とか生活の知恵とかに結びつくかどうか、はなはだ疑問なように思えましたが…。
やっぱり、従来機種では新鮮みがなくなったからプレステ3を売りまくろうとかWiiを買っていただきましょうと、そんなところばかりで子供が主役になってるようでは、生きる力にはほど遠いのではないかと思ってしまいます。もちろんゲームをやってるようじゃダメ、なんてことを言いたいのではなく、常に「消費の主役」の立場に立たされるようではダメだろうということ。
私は1960年生まれですが、振り返るとすでに遊びは「消費中心」でした。要するに「買う」、ですね。それでも、小学校高学年くらいになると「ラジオ小僧」というのが出てきまして、ラジオやら簡単な電子機器やらを組み立てたりするようになるわけです。世はIC時代に突入していましたから、多機能なものが簡単に小さなICから取り出せるようになっていました。この辺からアナログな電気・電子回路はブラックボックスに押し込まれ、素人が「知恵」を獲得するのには労力が必要になってきたような気がします。
それでも70年代の初めは、ラジオ雑誌に「シンセサイザーを作ろう」という記事が載ってたりしましたからねぇ…。
80年代パソコンの普及で一気に「技術」は遠のいていく。ワンボードマイコンがあったじゃないかというかも知れないけれど、あれはやはりブレッドボードで発振回路を作ったりするのとは、作っているものの内容が違いすぎる。ブレッドボードは「電気」の動きをいじっていた実感があったように思うけど、マイコンはロジックをいじってるので、実際に電気を動かしている実感がなくなってきたような…。
で、これは子供に限った問題ではなく、今の親の世代もおんなじなんだと思います。学校だけで教えきれることじゃないけど、親も既に教えられない。団塊世代は、まだまだ「買う」ことが出来ない子供時代を過ごしてますから、今になって真空管アンプの組み立てが流行ったりしてるんでしょう。
我々の世代は、基本的に言われたとおり作れば完動するキットどまりで、その上の人たちは下手すりゃ発振して使い物にならないかもしれないけど、部品から組み立てる作業も楽しんでやれる…そんな違いがあるのかもしれないなぁ…。
平和ボケがコワイとか言いますが、本当にコワイのは消費ボケでしょう。何でも買えばすむと思う。確かに平和だったから買い物も出来たわけで、その意味では平和ボケのひとつかもしれませんが。
隣の国が不穏な動きをしているからロケットだミサイルだと言ってますが、そんな騒ぎになったとき、食べ物を売ってくれるところがあるんでしょうかね。「腹が減っては戦が出来ぬ」ということわざは、もはや過去のものになったのでしょうか。
話がズレータしちゃいましたが…。
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