NHKの「クローズアップ現代」という番組に米ワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウン氏が登場して、今こそ「プランB=エコ・エコノミー」を選択するときだと語っていた。プランBとは、おおざっぱにいってしまえば、これまでの経済をプランA=環境コストを無視した経済とし、今後は環境コストを考慮した経済に移っていかねばならないというはなし。たとえば、非常に単純な言い方をすると、ものの値段が決まるのに、生産コスト・流通コストを元に考えているのがプランAで、製品の生産・流通各段階で生じる廃棄物処理等のコストまで含めて考えるのがプランB、とまぁそんなイメージか。
もしこのままプランAのまま突っ走ったら、発展途上国などでは政情不安が広がり、最後に待っているのは文明の崩壊だというのがブラウン氏のご意見。そして「この状況をかえられるのか?」という問いに、東側諸国が崩壊したときの事例を挙げて、変わるときは一気に変わる可能性があるという希望を持っているというようなことを話していた。
どの論も否定しない。このままなら文明の崩壊だというのももっとも。現にそれは起き始めていて、バイオエタノールの生産拡大で、結局は「金持ちの車が貧乏人の食事を奪う」ということが、現実になっている。機械のせいで飢え死にさせられるひとが増えていくなんていうのは、文明の崩壊以外のなにものでもないはずで、数々のSFの秀作で文明批評としてすでになんども描かれてきたことだ。
今回迫られているプランBへの転換が、共産圏諸国崩壊のときのようになるかどうか、まだ疑わしい。実際のところの正確な分析は知らないから推測に過ぎないけれども、いまの現状を変えたい、プランBに変えなければならないと、直接行動に訴えるほど切実に感じている人は、世界にどれだけいるのか…。変えたいと思っている人も、自分がプランAによる利益の享受者になることを望んでいるというケースが多いのではないかと、現状では思える。
プランBが現実的な利益誘導に打ち勝つほどの魅力を世界中にアピールすることが出来れば、変化の可能性はぐっと手元に近づく。その魅力とはなにか。「ガッテン流 計るだけダイエット」みたいなモノであろう。だれにも手軽に、そしてはっきりと感じられる、脳内麻薬物質「エンドルフィン」分泌を促すような、行動目標と実践を拡げることだろう。
単純だが「クルマをやめてバスにする」とか、結局そんなはなしなのだと思う。新たな問題は、こういった動きはエネルギー総量の抑制にすぐつながることになると思われるが、そのときの経済的な縮小をどう処理するのかということになりそうな気がする。このような規模縮小は、数字の上では「経済の衰退」ということにされてしまうだろうが、実際はそうではない。文明を救おうということでとった行動が「衰退」ということはないはずなのだが、この辺がプランAの呪縛の恐ろしいところだ。
結局、人間が自分を維持していくのにどれだけのエネルギーが必要なのかということを、一人一人が見つめ直すことまで求められるに違いない。「メタボ」とか「スイーツよりどりみどり食べ放題」とか、それで病気になるなんていのは、プランB的にいえば、まったくコスト意識のないただの浪費の結果ということになるだろう。
あなた、どこまで出来そうですか?
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